人は誰もが裁判官


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人は誰もが裁判官です。

「こうでなければならない」

という思い込みで人を裁きます。

「こうでなければならない」というのは、

表現を変えれば、

自分の中での常識」とも言えます。

その常識を判断材料にして、

善悪の基準を決め、

人や出来事を裁きます。

批判や愚痴が多い人っているでしょ。

そうした人というのは、

「こうでなければならない」

という思い込みが強いんですよね。

だから、人や出来事を裁きまくってるんです。


それだけでなく、そうした人は、

自分自身も裁きます。

自分が間違っていたと思ったり、

「こうでなけれなならない」

という基準に達してない場合、

罪悪感にさいなまれ、

自己評価がドンドン低くなります。

人を裁くことでの不満によるストレス、

そして自分自身への不満によるストレス、

これらが組み合わさって心が病んでいきます。


聖書の言葉に、

人を裁くことなかれ。

しからば汝らも裁かれざらん

というのがありますけども、

これなどはまさに真理なわけです。


人や自分を裁かなければ心は楽ですよ~。

ストレスが激減します。

てことで、いまストレスで苦しんでいる方、

裁判官としての活動をやめませんか。

「こうでなければならない」を

手放してみませんか。

裁くのをやめてみませんか。


●今日の言葉

すべての二元性は幻想であり、

すべての行為は瞬間的で、

そして、すべての意志は幻想です。

ラメッシ・バルセカール

 

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