オールドルーキー

環境の変化や人の感情に敏感なHSPです。そんな僕が鈍感な世界をしなやかに生きるヒントをブログで綴っています。

練習(スピリチュアル)と本番(日常)は違う!日常をしっかり生きることが真理の実践になる!


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スポーツをみっちりやられてこられた方ならわかると思いますが、

練習と試合(本番)って精神的にも肉体的にも全然違いますよね。

 

練習で出来た動きが、

試合(本番)では全く出来ないなんてことはざらにあります。

あまりに練習通りの動きが出来なくて、

情けなくなった経験をお持ちの方もいるかと思います。


陸上などの個人競技よりも相手がいる対人競技の方が、

練習通りの動きが出来ないことが多いのではないでしょうか。

練習だと、見慣れた相手と力を加減し対戦しますが、

本番では初めて顔を合わせる相手と全力で戦います。

 

いつもとは勝手がまるで違いますし、

緊張感や力の入り具合は、練習のそれとは比較になりません。

試合では本当に身についている技術しか出ません。

 

僕は長年空手を学んできましたが、

練習中の組手の動きが試合ではまるで出来なくて、

あとでビデオで見たら何て不恰好で情けない動きなんだと、

落ち込んだことが何度もあります。

 

さらに言えば、これが路上での実戦になると、

試合とも全然違います。

 

本番(試合や実践)では、一番身についた動きしか出ません。

不恰好だったら、それが一番身についている動きになります。

それが本当の「実力」だということです。

未熟な技しか出ない、練習の動きができない、

ということは練習量が足りないと言えます。

 

ここからは武道的な視点で言いますけど、

いくら練習で強くても、

試合や実戦で使えなければ意味がないのです。

本当に技が身についているとは言えないのです。


それでは使える技を身につけるにはどうしたらいいか?

何度も同じことを反復し、技を体に染み込ませるわけです。

自然と反応できるようになる――。

 

考えなくてもその動きが出来るよう体に

技を染み込ませる必要があります。

技を自分の一部にしていくのです。

また試合経験を重ねることも大切です。

 

さて、ここからはスピリチュアルに話は移ります。

スピリチュアルの世界、

大変立派なことを言っている人たちがいますよね。

立派なことを言って、収入を得ている人たちがいます。

 

ただ・・・そうした皆さん、

言っていることを日常生活で実践されているのかな?

いざというときに、その教えを、考えを使えているのかな?

と思うんですよね。

はたから見ると到底そうは・・・。

 

スピリチュアル(練習)だけで完結し、

スピリチュアル(練習)だけで満足してしまい、

スピリチュアル(練習)の世界に閉じこもっている。

 

実践の場(日常生活)ではまったく使えない。

練習では強くても実戦(日常)ではまるでダメ!

言ってることとやってることが違う!

スピリチュアルの世界って、そんな人が多いと思いません?

というよりも、そんな人だらけじゃないですか?

 

日常の中で実践してこそナンボでしょう。

日常の中で使えてこそナンボでしょう。

いくら真理を語り、スピリチュアルな教えを語っても、

日常の中で使わなければ意味がありません。

いざというときに使えないでどうするのでしょう。


真理やスピリチュアルな教えを

コレクションのように集めている人がいます。

ただのコレクターです。


真理やスピリチュアルな教えを語る人がいます。

ただの講演者です。

日常で使えなかったら、いくら知ってようが語ろうが、

知らないのと大差ありません。

 

一番大切なのは実践すること、実践者であることです。

知識を集めるより、それを語るより、実践です。

日常の中の様々な場面で実践していき、

しっかり身につけていくんですよ。

意識せず出来るようになるまで

自分の中に落とし込んでいくんですよ。


皆さん、練習(スピリチュアル)はもういいでしょ。

練習はそれ系の本を数冊読めば十分です。

使える技(知識)が多いからいいわけではありません。

少ない技でもどう使いこなすかが大切です。

創意工夫することが大切だと僕は思っています。


スピリチュアルに頼らず、日常をしっかりと生きること。

それが真理の実践だと僕は思います。