オールドルーキー

環境の変化や人の感情に敏感なHSPです。そんな僕が鈍感な世界をしなやかに生きるヒントをブログで綴っています。

その真理はあなたの人生に反映されているんですか?


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きーよーしー、こーのーよーるー♪

ほーしーはー、ひーーかーりー♪

そう今日はあの方の誕生日の前夜祭ですね!

世界の誰もがみんな知っているあのお方といえば!

 

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あっ、間違った。

 

こちらの方ですね!

rocketnews24.com

わたくし、昨年「クリスマスなんてクソくらえ、リア充なんてあっちいけ会」の終身名誉会長の職に就きましたので、例年通り静かなイブを迎える予定でおります。

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さてと、つかみはOK!といったところで、

さっそく今日の本題に入りたいと思います。

 

武道の世界というのは、本当に強い人がいれば、

その実力が怪しい方々もいます。

試合などの場で、実力を証明したことがないけども、

先生、師範と呼ばれ達人と思われている方がいるんですね。

非常に玉石混淆なのが武道の世界です。

 

例えば、相手がこうきたらこう返してこう倒す、

といった具合に、決まりきった動きの中、

約束前提での演武では見事な動きをしますし、

その技術論は大変立派だったりするのですが、

じゃあ実際に戦ったらどうなの?

と言った場合に疑問符が付いてしまう方がいます。

仮定での動きは見たことはあるけど、

試合やストリートでの戦いを誰も見たことがないですからね。

 

そうした方というのは、

もし私の突きが当たれば倒れる、

もし攻撃されたらこうかわしてこう倒す、

といったように仮定の中では最強なんです。

ただ、実際にはそう簡単には出来ないものです。

 

試合では、相手がどう攻撃してくるかわかりません。

実戦(ストリートファイト)ではルールがありません。

予測不可能なのが試合であり実戦です。

仮定の中では最強でも、仮定を取っ払った実戦で動けなければ、

それは稽古不足であり、本当は実力がないということになります。

※稽古の一環として、仮定の動きを何度も反復して技術を習得することは非常に大切ではあります。

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これも昨日の記事と同じく、

スピリチュアルの世界に当てはまると思うんですよね。

真理とは、悟りとはこうでああで、

悟るとこうなって、こうすれば人は楽に生きられて・・・。

わかった、理論は立派だ!

仮定の話はもういい!

夢の世界のお話はもう充分だ!

じゃあ実戦(日常生活)では、あなたはどうなんですか?

予測不可能、様々なケースがある実戦(日常)では使えてるんですか?

その教えは、悟りは、ビジネス以外の意味で、生きることに役立っているんですか?

あなたの生き様に、真理が反映されているんですか?

と僕は問いたいんですよね。

使いこなせず、実力もないのに、

覚者(師範・達人)を名乗っているとしたら・・・。

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わかったようなことを書いてますけど、僕にしてもまだまだです。

感情に飲み込まれてしまうことがありますから。

意識せずに使いこなすまでは至っていません。

だからこそ、実戦の場(日常生活)での稽古が必要なんだと思います。

 

仮定の世界(スピリチュアルの世界)ではなく、

日常生活が最高の稽古場です。

日々稽古を積むことで、身についていく、

人生に真理が反映されていくのだと思います。

皆さん、この現実の世界、日常生活で稽古を積んでいきましょう!

 

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