目次
- 僕はHSPです。
- 人よりも能力が低いことが劣等感に
- 繊細さを克服しようと武道を学び体を鍛えたり・・・
- 自分の特性を知ることで取り扱い方がわかる
- 不遇の時代
- 独身、無職、貯金ゼロ
- 精神世界に傾倒していたことも・・・
- 自分の力で生きていくことを強く決意
- 職を獲て必死に働き、負け組から脱出
僕はHSPです。
団塊ジュニア世代の男性です。
僕はいわゆるハイリー・センシティブ・パーソン(Highly sensitive person, HSP)です。日本語に訳すと「非常に繊細な人」になります。通常は略してHSPと言われたりしています。
HSPの人は五感が敏感あることから、環境や人からの情報をキャッチする感度が高いと言われています。
たとえばHSPは大きな音、刺激的な匂いや画像、人ごみなどに対して弱く、それらの刺激を受けることによって酷く疲弊したり、心身に不調をきたします。
HSPには主に以下のような傾向が見られると言われています。
- とても疲れやすい
- マルチタスクができない
- 大勢の人といると疲れる(団体行動が苦手)
- よく気がつく(察するのが得意)
- 思慮深い
- 人のネガティブな感情(声、表情、仕草などから察する)を受けて苦しくなる
- 大きな音や大量の情報に敏感ですぐに圧倒される
- 刺激を避けようとする傾向が強い
- 相手の気持ちに気がつきやすい
- ユーモアや直観力に長けている
- アレルギーなど体の反応が出やすい
人よりも能力が低いことが劣等感に
僕は、幼少の頃より、団体行動が苦手で、多くの人と一緒にいることが苦痛でたまりませんでした。
大人になってからもその性質は変わらず、会社で大勢の人と同じ空間で仕事をする、または長時間仕事をしていると、酷く疲れてしまいます。それと同時に自分のパフォーマンスが著しく低下しているのがわかるのです。
怒られている人、イライラしている人が近くにいると、仕事が一切手につかない、マルチタスクを求められる仕事が苦手、大勢の人が話をする会議が苦手で話が頭に入らない、といったことがあります。
自分のHSPとしての特性を知らなかった頃は、こうした自分が本当に嫌でした。人よりも能力が低い自分を嫌悪し、劣等感にいつも苦しんでいました。
繊細さを克服しようと武道を学び体を鍛えたり・・・
男性の場合、こうした繊細さ「弱さ」だと思い、克服しようとすると思います。実際、僕も弱さだと思い、武道を習う、ウエイトトレーニングによって体を鍛えるなど行ってきました。
確かにそれらで心身を鍛えることで、ある程度はタフになったかとは思いますが、HSPの性質が根本的に変わることはありませんでした。
相変わらず多くの人と長時間いるとぐったりしてしまいますし、環境の変化や人の感情に対して敏感なのです。
こうした性質が「生きづらさ」に繋がっていました。
自分の特性を知ることで取り扱い方がわかる
しかし、HSPという言葉を知り、本などを読みその特性を理解するうちに、「繊細するぎる自分の取り扱い方」が次第にわかってきました。
自分の取り扱い方がわかってくると、生きづらさも緩和されていきました。
不遇の時代
まだHSPという言葉を知る前のことです。HSPの性質が災いし、僕は同じ会社に長く勤めることが出来ませんでした。
37歳のときに会社をやめました。この時すでに7社目です。すぐに仕事が決まるだろうと思っていたのですが、特別なスキルも能力もない人間に世間はそう甘くはなく・・・。
仕事が決まらずズルズルと時は過ぎていき、派遣とアルバイトで食いつなぐものの、派遣切りにあい40歳のときには無職でした。
独身、無職、貯金ゼロ
貯金を食いつぶす生活をしていたので、そんな生活を送っているうちに、底が見え始めました。求人に応募しても、面接を受けても、お祈りメールが届くだけ。
そして40歳のとき、僕は、独身、無職、貯金ゼロ、といった完全に負け組の状態に陥ったのです。
減る貯金、決まらない仕事。焦燥感と挫折感でいっぱいになり、食事が喉を通らず、好きな筋トレをする気にもならず、どんどん痩せていきました。
精神世界に傾倒していたことも・・・
30半ばの頃から、生きにくさの改善と心の救いを求め、精神世界に傾倒していましたが、改善するどころか悪化するだけでした。
いくら精神修養をしたところで現実は変わりません。自分が抱えている現実的な問題点を改善せずに、精神修養などしたところで無意味だったのです。
自分の力で生きていくことを強く決意
ほとほと精神世界には疲れ果てました。そして、精神世界の理屈など無意味だ!そんなのに頼っても何も変わらない!自分を信じ、自分の力で這い上がってやる!そう強く決意してから人生が変わり始めました。
職を獲て必死に働き、負け組から脱出
転職活動は大変苦労しました。類選考でまず門前払いです。200社以上応募して、面接までたどり着いたのは10数十社。そこでもことごとく落ち、受かったのはたったの1社だけでした。
何とか職を獲て、とにかく必死に働きました。すると、少しずつ貯金が出来るようになり、43歳のときには1年前に知り合った7歳年下の女性と結婚することが出来たのです。
40代未婚男性の成婚率は数%と極めて低いなか、結婚することが出来ました。
こうして僕は、40代、独身、無職、貯金ゼロといった完全負け組の人生から抜け出すことが出来たのです。
このブログでは、HSPに向けた人生戦略や、どん底から這い上がった僕の這い上がり哲学を語っております。
読まれた方の何かしらのお役に立てば幸いです。
ツイッターをやっておりますので、フォローのほど宜しくお願い致します。
連絡はツイッターのDMか、下記のメールアドレスにお願い致します。
maki.sakuranbou999アットgmail.com
こちらの記事もぜひご覧ください。
40代の負け組の皆さん!人生を変えるのに遅いってことはないよ!
逃げ続けて40歳で貧困。そんな自分に心から嫌気がさしたのが人生を変えるきっかけでした。