オールドルーキー

環境の変化や人の感情に敏感なHSPです。そんな僕が鈍感な世界をしなやかに生きるヒントをブログで綴っています。

差取りなんて捨ててしまえ!


いま、覚醒の時代、差取りの時代と言われていて、

この日本でも多くの人が覚醒の経験をしているようですね。

こうした時代の流れって、素晴らしいなと思います。

ただ覚醒経験、差取りの経験といっても、

それは短い間に起こっただけで、

常に「在る」状態ではないと思うんです。

差取りの一瞥とでもいいましょうか。

そうした人を覚者とは言わないんですね。

常に差取っている人が覚者ですから。

だから、俺は差取ったんだー!

凄いだろ!と自慢気に語りだした段階で、

それは自我まみれな状態なわけで、

差取りというものに執着してるし、

差取ったと思ったところに留まっているから、

その人は「いま」は差取ってないわけです。


ただスピリチュアルに興味がある人は、

そうした自慢げに語る人をありがたがる傾向があるし、

依存したいようで、

いささか残念な気持ちになったりもします。

差取ったことさえ、手放すのが差取りだと思いますし、

本当に差取ったら、それこそ差取りにも執着しないわけでして。


「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺せ」

という禅の教えがあります。

これは様々な解釈がありますが、

僕はこう思います。

差取りを目指したその過程において、

仏様に会っただの、亡くなった祖先や親に会っただのという

神秘体験をすることがあるが、そんなものは捨ててしまえ!

あらゆる神秘体験を捨ててしまえ!

差取ったことさえ捨ててしまえ!

そうしたものを全て捨ててしまったときに、

何もなくなった境地が真の差取りだと・・・。


禅は日本が世界に誇る素晴らしい精神文化です。

禅は中国から伝わり、日本で花開きました。

禅には差取りの真髄が詰まっています。

いま日本の差取り系スピリチュアルは、

ニューエイジ的な考え方が主流のような気がします。

それが悪いわけではありませんが、

日本古来の精神文化にもっと目を向けてもいいのではないかと思います。

 

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