オールドルーキー

環境の変化や人の感情に敏感なHSPです。そんな僕が鈍感な世界をしなやかに生きるヒントをブログで綴っています。

深刻依存症の方へ


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以前、僕は「不安じゃないと不安」という不安依存症だった・・・

ということを書きました。

それと同じように、

「深刻に考えないと不安だった」

「深刻に考えないと解決しない」

とも思っていました。

深刻依存症とでもいいましょうか、

何かトラブルめいたこと、問題が起こるたびに、

とにかく深刻に考え、気が重い日々を過ごしていました。

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でもね、あるとき思ったんです。

深刻に考えても解決するわけじゃないのに、

何で俺はこんなにも深刻に考えているんだろうって。

まるで深刻に考えることが唯一の解決策のように

思い込んでいる自分に気がつきました。

実に時間の無駄だな・・・とも思ったんです。

また、自分の人生を振り返ったときに、

そのときは「不幸だ」と思っていたことが、

あとになって

「あの不幸と思っていた経験が、あの場面で役に立った!」

と実感できることが、いくつもあったんですね。

そう思ったときに、人生の局所だけを切り取って、

幸不幸を「判断」するのが急にバカらしくなりました。

「人生なるようになるさ」

と思えるようになったんです。

また人生は「人間万事塞翁が馬」だということを

心から実感しました。

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人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)

【意味】
人間万事塞翁が馬とは、人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。

【注釈】
昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む占いの巧みな老人(塞翁)の馬が、胡の地方に逃げ、人々が気の毒がると、老人は「そのうちに福が来る」と言った。やがて、その馬は胡の駿馬を連れて戻ってきた。


人々が祝うと、今度は「これは不幸の元になるだろう」と言った。すると胡の馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまった。人々がそれを見舞うと、老人は「これが幸福の基になるだろう」と言った。


一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり若者たちはほとんどが戦死した。しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、戦死しなくて済んだという故事に基づく。
単に「塞翁が馬」ともいう。「人間」は「じんかん」とも読む。

【出典】『准南子』人間訓

故事ことわざ辞典より
http://kotowaza-allguide.com/ni/saiougauma.html

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いま深刻に悩んでいる方。

どうですか、その「深刻」を手放してみませんか。

だからといって、明るくなれ、ポジティブに考えろ!

と言いたわけではありません。

深刻(不幸)に考えない。

同じように前向きに考えろとも言いません。

「判断」するのをやめてみるんです。

その出来事に対して、深刻にならずに取り組んでみるんです。

そりゃ出来る限りのことはしますよ。

でも、結果を期待はしないんです。

深刻という重い荷物を降ろす、手放す、

それだけで人生を歩むのが楽になりますよ。

軽くなりますよ♪

 

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